「うっ!・・・あぁっ!」 いくつかの建物が倒壊した都市。少女の悲鳴が響いていた。 声の主は銀色の肌をもつ巨大な少女、ウルトラガール・ソフィー。 彼女は、その名の通り手足の生えた毛虫のような怪獣、ケムジラの猛攻にその身を晒されていた。  序盤こそソフィー優勢に見えた戦いだったが、逃げ遅れた人々守りながらの戦いを強いられ、 更にはケムジラの吐き出した糸で両腕を拘束されてしまった。 膂力に劣るソフィーだが糸自体は縛られている部分にエネルギーを集中すれば容易に焼き切れるものだ。 しかし、ケムジラはその隙を与えまいと襲いかかったの。 反撃はおろか防御もままならないソフィーはほとんど無抵抗のまま滅多打ちにされている。  蓄積していくダメージと痛みに徐々に弱っていくソフィーだったが、突如としてケムジラの攻撃が止んだ。 「うぅっ・・・っ!」 ふらつきながらもなんとか巻き付く糸を焼き切り反撃の構えをとったソフィー。 しかし彼女が見たのは背を向けこの場から立ち去ろうとするケムジラの姿だった。 「どういうこと?」 その答えはすぐに姿を現した。 「なに!?なにかが近づいて・・・」 巨大な鳥のようなものが翼を広げこちらに飛んでくる。ケムジラを捕食しに来た火山怪獣バードンだ。 ソフィーとケムジラの間に降り立ったバードンはソフィーを一瞥するとすぐに逃走するケムジラに襲いかかった。 (いけない!ここであんな怪獣同士で戦いになったら・・・!) 街にはまだ避難中の人々が多くいる。巨大な怪獣同士の戦いとなればそんなことなどお構いなしに 大暴れし街は滅茶苦茶になり、多くの犠牲者が出るだろう。  ソフィーはバードンに後ろから掴みかかった。とにかく自分に注意を引きつけようというのだ。 「うっ・・・きゃあ!!」 バードンの凄まじい力に振り払われ吹き飛ばされ、背中から地面に激突してしまうソフィー。 そしてバードンは邪魔者を先に排除しようというのか 今度は標的をソフィーに定めたようだ。狙い通りバードンの注意を自分に向けることには成功した。 しかし、ソフィー自身ケムジラとの戦いで傷つきエネルギーを消耗していた。 懸命にその身を起こし立ち上がろうとするソフィーだったが、激しい炎が彼女を飲み込む。 「きゃあああああぁ・・・!!」 バードンの口から吐き出された炎だった。 (バリヤー・・・・・ダメ、ここで使ったらもうこの怪獣を倒すエネルギーは・・・) ソフィーのカラータイマーは既に赤い光を発している。もう選択できる戦術も限られているのだ。 エネルギーの消耗を最小限に抑えるための決断だったが、バードンの吐き出す炎は ソフィーの想像をはるかに上回る威力だった。 (なんて炎・・・なの・・・!?とても、地球の怪獣とは・・・) バードンの10万度にも及ぶ炎に灼かれ続けソフィーはついに膝から崩れ落ちるように倒れた。 仮に万全の状態だったとしても耐えられたかどうか。それほどの火炎攻撃だった。 「あ・・・う・・・」 艶やかな髪も一部焼け焦げ、全身を灼かれた彼女はバードンが炎を吐くのをやめた後もうつ伏せに倒れたまま動けずにいた。 意識はあるようだが、上半身が大きく上下するほど乱れた呼吸とそれに時折混ざるうめき声が 彼女の身体が限界を迎えていることを表していた。  ソフィーが倒れ伏し動けないと見るとバードンは辺りを見回しソフィーから離れていった。 再びケムジラの捕食に向かったのだ。 するとすぐに耳を劈くような大音量に街が震えた。バードンのけたたましい咆哮だった。 咆哮の理由は怒りだった。捕食しようとしたケムジラはソフィーと戦っている間に逃げ去っていたのだ。 怒り狂い暴れはじめるバードン。だが、突如生じた爆発によってバードンの動きが止まる。 「あなたの、相手は・・・わたしよ・・・っ!」 バードンの背で爆発したのはソフィーが放った極小の矢尻状の光線だった。 バードンがギロリとソフィーを睨む。 ソフィーの呼吸は未だ荒く、膝に手をつきやっと立っている状態だ。    怒り狂った巨大怪鳥が満身創痍の巨大な少女に襲いかかる。 「ぐっ・・・ハァッ!!」 両手を握り気合とともに身を起こすソフィー。ボロボロの身体に活を入れバードンを迎え撃つ。 バードンの炎をかいくぐり、振るわれる爪をその腕を自らの腕で受けることによって捌くと 水面蹴りからサマーソルトキックのコンビネーションを見舞う。 ボロボロの身体からは想像できない戦いぶりだ。今のソフィーを支えているのは もはや精神力と地球を、人々を守るという使命感だけだろう。だが、それこそが彼女の強さだ。  しかし、この怪獣、バードンはとてもそれだけでかなう相手ではなかった。 「がっ・・・!?」 着地したソフィーの頭部に金属音とともに凄まじい衝撃が地に向かい突き抜け、ソフィーの膝が地面に付く。 怒り狂ったバードンは生半可な攻撃など通用しないと言わんばかりに 蹴り上げられた嘴をそのままソフィーの頭めがけて叩きつけたのだ。 「う・・・ぐぅっ・・・!?」 頭が割れるように痛み目の焦点が合わない。そして頭に着けているカチューシャは 衝かれた箇所が大きく凹みその形を歪めていた。 特殊な金属で作られたソフィーのカチューシャは地球上の物質ではありえない強度を誇っている。 それがたった一撃で歪められ、更にソフィーをダウンさせるほどのバードンの嘴による突き。 カチューシャがなければ頭を割られ二度と立ち上がれなかったかもしれない。 ソフィーは戦慄した。 (この怪獣・・・本当に地球で生まれたの・・・?まさか・・・。) 宇宙人が怪獣を調教し、鍛え上げ自らの駒とする例は珍しくない。 このバードンという怪獣はその宇宙人によって鍛え上がられた怪獣と同等かそれ以上の力を持っている、 ソフィーにそう思わせるほどこの怪獣は強かった。だが、今それを確かめる術はない。今はどんな相手だろうと闘うしかないのだ。  ふらつきながらも必死に足に力を込めるソフィー。しかし、バードンの前蹴りが彼女の顔面を捉える。 鳥類特有の凄まじい脚力から繰り出される前蹴り。ソフィーは地面を抉りながら100m以上も吹き飛ばされた。 「あ・・・ぁっ・・・」 両手で顔を抑えもがくソフィー。そして、とうとうバードンの嘴がソフィーを捉える。 「あああああああぁっ・・・!!」 脇腹を襲った激しい痛みに絶叫するソフィー。バードンの嘴はソフィーの右脇腹に深々と突き刺さった。 「あぁっ・・・!!」 嘴が引き抜かれる痛みに今度は短い悲鳴をあげる。 「はーっ!、はーっ!」 ソフィーの乱れた呼吸は怯えや恐怖をはらんだものに変わっていた。 地に倒れた状態から見上げるバードンの姿は先程よりも巨大に見える。 ソフィーはなんとかバードンの嘴の攻撃範囲から逃れようと地面を這った。 だが非情にもバードンは更に嘴を振り下ろし、逃さないとばかりに今度はソフィーのやわらかい太ももを深々と穿つ。 「ああああああっ・・・うっ、きゃあああああっ!!」 一つの悲鳴があげきられる前に新たな悲鳴が生まれた。 太ももに突き立てられた嘴をすぐに引き抜かれ、続けざまにもう一方の足のふくらはぎを抉られたのだ。 そして、更に2度、3度と嘴が振り下ろされる。その度にソフィーは両の腿を足を裂かれ、貫かれ、悲鳴を挙げた。 バードンの嘴ならばソフィーの身体のどの部分でも突きさせただろうが、とりわけ柔らかい部分を選び、 深々と突き刺しているようだった。その感触を楽しんでいるのかとでも言うように。 「うぅっ・・・あっ・・・!」 地面には血だまりがその面積を広げていく。 もはや立ち上がることは困難なほどにソフィーは両足を深く傷つけられてしまった。  動きの止まったソフィーにバードンが覆いかぶさっていく。機動力を奪い、今度は上半身を、命を狙おうというのだ。 ソフィーは反撃した。もう動くことはできない。反撃するしかない。 「わああああああっ!」 叫びとともに上体を捻りバードンの首に手刀を叩きつける。 「あ・・・あぁ・・・」 バードンは微動だにしていない。鼻息あらく未だ収まらぬ怒りをあらわにソフィーを睨みつける。 弱々しい声を漏らしたのはソフィーの方だった。 ボタボタと腹に血が落ちる。バードンの嘴は血まみれで次から次へ滴り落ちる、ソフィー自身の血だ。 ソフィーの心は恐怖に支配された。自分を傷つけ、その返り血に塗れた敵の姿。 嘴で身体を穿たれる感触が生々しく思い出され、傷の痛みがどんどん増していくような感覚にさえ襲われた。 もはや彼女にバードンに抵抗する力は残っていなかった。 身体は既に満身創痍だったうえ脚を中心にさらに重傷を負い、そして精神力まで蝕まれてしまったいた。 文字通り精魂尽き果てた、そんな少女に容赦なく嘴を突き立てる。 「きゃああああああああああぁっ・・・!!」 硬質のもの同士がぶつかる音、遅れて先程までより明らかに鋭い悲鳴を挙げた。 急所であるカラータイマーを衝かれたのだ。 エネルギーの中枢部にバードンの嘴が強烈な打撃として襲い激痛をもたらした。 いかにバードンの嘴といえど一度衝かれた程度では割れることはなかったが いっそ一撃で割れてしまえば楽になれるのにと思ってしまうほど、まさに地獄のような苦しみだった。 「はっ、ふーっ、うぅっ・・・!!はぁっ・・・!」 二度とカラータイマーを撃たせてはならない。ソフィーは必死に守った。 腕や手でかばいながら身を捩り、もがいた。 だが代わりに腕や手、胸を、乳房や下腹部に嘴が突き立てられた。 その度に悲鳴をあげた。もはや悲鳴をあげることしかできなかった。 カラータイマーを守るためとはいえその代償はあまりにも大きな苦痛だった。   *    銀色の巨大な少女が巨大怪鳥に蹂躙されている頃、人々の避難を終えた防衛隊が怪獣の迎撃に向かっていた。 3機の対巨大怪獣・宇宙人用戦闘機だ。既にウルトラガールが怪獣と交戦中との連絡を受け援護しようと駆けつけたのだ。 いくつかのビルが倒壊した市街、巨大な嘴とトサカを持った怪獣の姿が見えた。ウルトラガール・ソフィーは、 その怪獣に組み敷かれうつ伏せに倒れていた。ほとんど動きはなかった。 巨大な少女、地球の守護者の窮地は明らかだった。即座に怪獣を攻撃、装備されたミサイルを1機が発射した。 ミサイルは怪獣の頭部に命中し爆炎をあげた。そして、更に続いて残りの2機、3機目から射出されたミサイルが 怪獣を捉える。怪獣は大きくその場を飛び退き巨大な少女を開放した。しかし、ミサイルの命中部からは黒煙が上がっているものの 大したダメージを与えるには至っていないようだった。 「そんな・・・」 3機の戦闘機のうちの1機、防衛軍の女性パイロットが驚愕の声を漏らす。 だが、それはミサイルの効果に対しての反応ではなかった。 うつ伏せに倒れた少女の巨体は脚、腕そして背中もズタズタに傷つき、全身あちこちが焼け焦げているようだった。 地面に広がっている血を見るに身体の正面にも同様の傷を負っているのだろう。 「ひどい・・・」 思わず目を背けたくなるような惨状。 自分たちより遥かに巨大な身体と力を持っているとはいえ、少女がたった一人でこれほど傷だらけになるまで、 異星人である彼女が地球の人々のために怪獣と戦っていたかと思うと胸が痛んだ。 情けない話だが今の人間の力では怪獣を倒すまでには至らないだろう。だが、傷だらけになりながら戦った巨大な少女の姿は、 無謀だと、無駄だとしてもやれるだけのことはやろうと決意をさせた。 怪獣もこの新たに現れた3機の戦闘機を敵と認識したようだ。 3機の戦闘機がそれぞれ積み込んだありったけの装備を怪獣に打ち込んでいく。 どれだけもつかもわからないが、少しでもあの少女の力になれればと。 *  どれだけの傷を負い、どれだけの血を流し、そしてその度にどれだけの悲鳴を挙げたのか。 気が遠くなるほどの痛みの連続から開放されたソフィーだったがその傷ついた身体はぐったりと動かないままだった。 結局バードンの嘴から守りきれなかったカラータイマーは2度3度と衝かれ無数のヒビが入り、 わずかだがエネルギーが、今のカラータイマーと同じ色の赤い粒子が漏れだしていた。 もうあと一度でも攻撃を受けていたら割れていただろう。 敵に背を向け隠すことしか、自分の命を守る術がなかった。 そのため、無防備に晒された背中はバードンの強靭な足に踏みにじられ、嘴を突き立てられた。 灼けるような痛みに終始襲われていたが、今は全身から熱が失せていた。 「寒・・・い・・・」 もう限界だと、死が近いとソフィーは感じていた。  だが、バードンと防衛隊の戦闘機による戦闘音が、ソフィーに再び立ち上がる心を甦らせた。 「立た・・・なく、ちゃ・・・、立って・・・戦わないと」 防衛隊が怪獣と戦っている。とても敵わない相手と彼ら自身わかっているはずなのに。 「だから・・・わた、しも・・・」 身を起こそうと身体に力を込めると傷口から残った血が絞り出されるように流れ落ちた。呼吸が乱れる。 意志に反してなかなか身体は持ち上がらない。 そうしている間にも1機、そしてまた1機と防衛隊の戦闘機が離脱、撃墜されていく。 「あぐっ・・・!?」 両脚に受けた傷はあまりにも深く、ソフィーが立ち上がることを許さなかった。 構造上動かせないほどに破壊されてしまったのか、痛みと痙攣を引き起こすばかりだ。 防衛隊の戦闘機は健闘むなしく最後の1機も撃墜された。 「ぐっ・・・!!うぅっ・・・!!」 (立てない・・・私の足なのに、もう・・・動かせない・・・) 防衛隊を退けたバードンが近づいてくる。地を揺るがす足音とともに。トドメを刺すために。 (立てないなら、せめて・・・) ギリギリまで引き付ける。普通に撃ったのでは避けられてしまうかもしれない。 必死に守りぬいた必殺光線一発分のエネルギー。どうせ動けないのならば、全てのエネルギーをこの一撃に。 ズンッ・・・。 (今・・・!!) 振り返りながら立てた右肘の下に左拳をそえる。必殺光線の構えを取る。叫んだ。 「ライトニング・・・!!」  バキンッ。分厚いガラスが割れるような音。必殺光線は放たれなかった。 体の傷は動きを鈍らせ、漏れ出したエネルギーはその収束をわずかに遅らせた。 バードンの嘴が、ソフィーの突き立てられていた。カラータイマーは穿たれ、完全に破壊された。 (そん・・・な・・・) ゆっくりと鋭利な嘴が引き抜かれる。 (たお・・・れる、わけ・・・に、は・・・) 「あ゛ぁ゛っ!!」 苦悶に満ちた表情と短い悲鳴。 割れたカラータイマーからはエネルギーが一気に吹き出し、身体にに残っていた分はショートし ソフィー自身の身体を襲った。体内に残されたエネルギーが周囲に影響を及ぼさぬよう、 その身をもって受け止める。強大なエネルギーを生み出す器官を持った戦士としての最期の使命。 体中の血液が破裂したかのような感覚。だが、痛みも苦しみも一瞬のものだった。 *  苦痛の中、急速に意識が遠のくのを感じていた。身体は動かない。自分がどんな表情をしているのかも、 もうわからない。何も考えられない。ただ、後悔と自責の念だけが心に突き刺さったまま残っている。 視界の向こうには巨大な影、自分の命を絶った怪獣の姿が滲んで見える。 最期は夕日に染められた空だけが・・・・・・。 *    巨大な少女の身体からは徐々に力が抜けていき、大きく見開かれた目と口も徐々に表情を失っていた。 代わりに大きな両の瞳からは涙がこぼれた。あ・・・ぁ・・・、と途切れ途切れ声を漏らすだけで 何に対して流された涙なのか見ている者にはわからなかった。 力が抜けきり表情という表情もなくなっていてが、しかし、どこか未練を残したような表情にも見えた。 やがて少女の身体はゆっくりと倒れ、静かにその巨体を横たえた。  銀色の巨大な少女にトドメを刺した巨大怪鳥は先程逃げた獲物を追って街から飛び立っていった。 危機は去ったのだ。しかし、少女はその命を落とし、人々は守護者を失った。  彼女が蘇ることは、もうないのだろうか。